カッチャオ検証ファイル  

image画像  Yさんの携帯電話に兄から連絡が入ったのは、その日の夕方だった。
 「俺、今晩飲みに行くんだけど、迎えに来てくれよ。今度またメシおごってやるから」
  Yさんの返事を聞く前に、兄は店の名前と場所を告げた。そして、また連絡するからと言って電話を切ってしまった。
 「まいったな、またかよ……」
 Yさんは苦笑いするしかなかった。3歳違いの兄は地場の証券会社の営業マン。営業活動の一環だと称して、週に何度かは飲み歩いている。もちろん、自分が飲みたいからだということはYさんも承知の上だ。
 一方、Yさんは去年、友人と共同でWEBデザインの会社を立ち上げた。肩書きは代表取締役。といっても、個人事務所に毛の生えたような会社であり、その肩書きがYさんには何とも面はゆく感じられてしょうがなかった。
 酒豪の兄に対して、Yさんはほとんど酒を飲まない。その気になれば飲めるのだろうが、大学入学時の新歓コンパで酔いつぶれて以来、Yさんはすっかり酒嫌いになっていたのである。そのため、兄はしょっちゅうYさんに“運転手”を依頼するのであった。Yさんも会社設立時に何かと面倒を見てくれた恩義があるため、兄の頼みをむげに断ることができなかった。
 Yさんは事務所で仕事を片付けながら兄からの連絡を待つことにした。11時過ぎに電話が鳴るのがいつものパターンで、その日も同じだった。
「じゃあ、今から事務所出るから。15分ほどで着けると思う」
 その日の仕事を終えていたYさんは事務所の戸締まりをして車に乗り込んだ。兄を実家に送って、そのまま自分のマンションに帰るつもりだった。

 Yさんが指定された店に着くと、兄は店の前に立っていた。
 「悪いな、社長さん」
 「その呼び方やめてくれって。自分の車は?」
 「会社に置いてきた。明日はバスで行くわ」
 兄は少し赤い顔をして助手席に乗り込んできた。Yさんは店を出て車を国道に向けて走らせた。国道を10分ほど西に走って左に折れれば、しばらくで実家に着く。
 「悪い、次のコンビニに入ってくれないか。タバコ切らした」
 「わかった」
 Yさんもちょうどのどが乾いていたので、兄のリクエストは渡りに船だった。そのコンビニでYさんは缶コーヒーを、兄はタバコを買った。

image画像  兄弟は再び車に乗り込み、Yさんはコンビニの駐車場から国道に出るため、ゆっくりと国道沿いの歩道を横切ろうとした。その時だった。兄が突然大声を上げた。そしてすぐに衝撃が体に伝わってきた。
 Yさんは慌ててブレーキを踏んだ。
 「おい、スクーターだ、スクーター!」
 
兄が緊張した声で叫びながら、あたふたと車を降りた。Yさんも後に続き、何が起こったのかを悟った。歩道を走ってきたスクーターがYさんの車と衝突したのである。歩道にはスクーターの運転者であろう若い男が頭から血を流してうずくまっていた。Yさんが見る限り、ヘルメットはかぶっていなかったようだ。転倒したスクーターも無灯火のようだった。その男は兄の姿を見るとフラフラしながらも立ち上がり、何事かわめきながらつかみかかった。
 「大丈夫?今救急車呼ぶから。おい、電話してくれ!」
 その男は兄に声をかけられると、気が抜けたようにヘナヘナと座り込んでしまった。Yさんは兄の言葉を受け、上着の内ポケットから携帯を取り出した。
 「この人、だいぶ酔ってるみたいだな……」
 兄が独り言のようにつぶやくのを聞きながら、携帯のボタンを押した。いったい、これからどうなるのか。Yさんは携帯を持つ手の震えをはっきりと感じていた……。

カッチャオの見解
image画像 スクーターの運転者の様子(頭から出血している)から、今回のケースは人身事故として扱われることになるのは明らかだ。事故の経緯を振り返ってみると、こういう流れになる。Yさんはコンビニの駐車場から国道に出ようとしていた。そこに歩道を走ってきたスクーターが、出会い頭にYさんの車の左側面にぶつかって倒れた。その際に、スクーターの運転者は負傷してしまった……。
 一般的な人身事故における処理の手順は、物損事故と同様である。直ちに警察と保険会社に連絡することに加えて(というより真っ先に)、119番通報をする必要がある。今回のケースでも、スクーターの運転者は出血しているのだから、Yさんに救急車を呼ぶよう指示した兄の判断は適切であった。
 補償関係では、相手の車の修理費用は対物賠償保険、自分の車の修理費用は車両保険(任意)を使用することができ、それぞれの過失割合に応じた金額が支払われる。人身事故の場合は、相手の負傷は対人賠償保険、自分や同乗者は搭乗者傷害保険を使うことができる(支払いは過失割合に応じた金額)。
 それでは、今回のケースにおける双方(Yさんとスクーターの運転手)の過失割合はどのようになるのだろうか?

 一般的には、過失割合は保険会社が事故の状況を精査した上で算定されることになる。今回のケースも同様だが、その際に重要なポイントになるのは、スクーターの運転者が甚だしい交通法規違反を犯していることだ。状況を見る限り、スクーターの運転者は歩道走行、無灯火、飲酒運転、ノーヘルメット……単独でも“立派な”交通法規違反をいくつも重ねていると考えられる。
 これらは過失割合を算定するにあたっては、スクーターの運転者には確実にマイナスポイントになる。従って、今回のケースではスクーターの運転者の過失割合はかなり大きくなると思われる。Yさんも国道に出る際に左方向(スクーターが走ってきた)の安全確認が甘かったことを問われることになり、いくらかの過失割合を負担することになるだろう。

 人身事故に関して補足しておくと、人身事故の場合は刑事罰が科せられる可能性がある。事故原因が当事者のどちらかに重大な過失があったと判断されれば、業務上過失致傷や業務上過失致死などで起訴されることもある。そうしたケースは新聞やテレビ等のニュースで目にすることが多いはずだ。
 今回のケースでも、仮にYさんたちが事故発生後に現場を立ち去っていたなら、それは当て逃げ(あるいはひき逃げ)であり、Yさんは確実に刑事罰を受けただろう。
 さらに付け加えれば、刑事罰の有無、軽重によって、保険上の過失割合が変動することはない。刑事罰と保険は別次元だということを認識しておいてほしい。
 いずれにせよ、人身事故は物損事故よりも深刻度は大きくなる。Yさんたちも過失割合は小さいかもしれないが、そのショックの大きさは他者にははかりしれないものだろう。これから季節は冬に向かう。風雨、積雪、凍結といった事故につながる“危険要因”が増す季節がやってくる。人命に関わる事故の当事者とならないように、読者の皆さんも気を引き締め、一層の安全運転を実践してもらいたい。
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 公道を走行する以上、周囲に危険をもたらす運転は容認されないものである。当然ながら、罰せられるからではなく、それが車を運転する者の最低限の基本的なルールだからだ。読者の皆さんもこの“単純”なことを改めて認識し、安全運転に努めてほしい。
※このケーススタディは編集部が作成したフィクションであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。
また、写真も本文とは無関係です。