Tさんの最大の趣味はビデオ鑑賞。洋画、邦画、アニメからテレビドラマ、さらにはアダルトと、その“守備範囲”は実に幅広く、週に10本ほどのペースで鑑賞を続けている。
もっぱらレンタル派のTさんは、勤務先の化学メーカーから帰宅する途中で、行きつけのビデオ店に立ち寄るのが日課のようになっていた。借りなくても、店内をぶらついてあれこれと品定めをすることもまた、Tさんの楽しみだったのである。
Tさんの行きつけのビデオ店は、国道沿いにある24時間営業店である。豊富な品揃えはもちろん、時間を気にせず利用できることと駐車場が広いことも、Tさんにはうれしいことだった。
その日、Tさんは午後8時前に仕事を終えた。ここしばらく仕事が忙しく、この時間に退社できるのは久しぶりだった。そのため、帰路に就いたTさんは迷うことなくビデオ店に向かった。そして、30分ほどかけて、アクション物の洋画2本とAV2本を選んだ。返却はあさってだから、今晩は2本ほど見ようか、Tさんはそんなことを考えながら店を出た。
車に乗り込み、駐車場の出口に向かったTさんは軽く舌打ちをした。またか……。国道沿いに面しているこの店は、駐車場に入るのは容易なのだが、出る際に一苦労するのである。国道の交通量が多いため、すぐに左折して合流することができないのだ。
駐車場に面した国道は4車線になっている。というのも、ビデオ店のすぐ先に交差点があり、左折車と右折車用に車線が増えているのである。そして、進行方向を指示する標示が路上に引かれていた。
Tさんはその交差点を直進して帰路に就くため、(4車線のうちの)中央車線に合流しなければならず、余計に合流が難しいのである。
この日もまだ午後9時前とあって、国道の交通量は多かった。Tさんはイラつきながら車の流れを見ていたが、合流できそうな状況にはなかなかならない。信号が赤になって車列が止まった時に割り込む手もあった。しかし、それを試みて失敗し、国道で立ち往生している車を見て以来、やる気にはなれなかった。
後方にはTさんと同じように国道に出ようとしている車が何台か列をなしていた。気のせいか、早く出ろというプレッシャーが感じられてしょうがなかった。
しょうがない、あの手で行くか……。Tさんは意を決してアクセルを踏み、左折車用の車線に車を入れた。こういった状況でたまに使う手で、かなりの遠回りになるが先の交差点で左折し、別のルートで自宅に向かうのである。
Tさんが国道に合流してすぐに信号が赤に変わった。先行車はなく、Tさんの車が交差点の先頭に位置することになった。遠回りするのも面倒くさいなあ……。Tさんの心に怠惰な感情がわき起こった。直進するか。Tさんは路上に白く引かれた左折の指示を無視して、直進することを決めた。もちろん、右方向には直進するはずの車が停車していたが、急発進しながら少し右に寄れば大丈夫だろう、Tさんはそう考えたのである。
信号が青に変わった。Tさんはアクセルを強く踏んだ。しかし、慣れないことはするものではなかった。アクセルを踏むタイミングが少し遅れてしまった。直進するTさんの車と併走するように右の車も直進した。そして……2台の車は接触し、思わずハンドルを左に切ったTさんの車は歩道に乗り上げて止まった。
何が起こったのか、Tさんにはすぐに理解できた。しかし、自分が何をすべきなのかを考えることができなかった。頭の中は真っ白で、ビデオのことなど少しも残っていなかった……。 |
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今回の事故の原因は、Tさんが無理な割り込み(車線変更)をしたことにある。
状況を見る限り、ウインカーも出していなかったと思われる。しかも、進行方向を矢印で示した標示を無視している。
従って、事故の責任もTさんにあると考えるのが常識的であり、そのことに疑念を抱く人はほとんどいないだろう。直進車のドライバーの立場になって考えてみても、左側の車(Tさんの車)がウインカーも出さずに直進してくるとは思わないはずだ。
保険代理業者によると、このケースでの過失責任割合は90(Tさん)%対10%で話し合われるのが基本だという。
Tさんの過失が100%とならないのは、直進車のドライバーにも周囲の状況を確認する義務があるからだ。特に今回のケースでは、交差点の先頭車両として隣り合わせて停車していたため、直進車にも(ごくわずかではあるが)責任があると保険会社から判断される可能性があるのである。
補足しておくと、事故時の過失責任割合は、当事者の意を受けた双方の保険会社間での交渉で決められる。
先の保険代理業者の話では、今回のようなケースでは直進車側が自らの責任を認めることに納得しないことが多い。そのため、最終的にはTさんの立場側が全責任を負うことで決着することがほとんどらしい。
さて、今回のケースで本誌が改めて問題視したいのは、Tさんが進行方向を示す標示を無視したことである。しかも、右車線の車の存在を知りながら、ウインカーも出さなかった。
この行為は、道交法において交差点における左折、右折法を定めた第34条、交差点内の指定通行区分を定めた第35条、さらに進路の変更の禁止を定めた第21条の2、合図について規定した第53条などに抵触していると考えられる。
従って、Tさんには通常より重い行政罰が科せられるであろうし、この事故が人身事故に発展すれば、Tさんが業務上過失傷害の罪に問われる可能性は大きいだろう。
自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが、Tさんには過酷な現実が待ち受けていることは必至と思われる。
読者の皆さんの中にも、事故には至らずとも今回のケースのような経験をした(あるいはされた)人は少なくないはずだ。
複数の道路が交わる交差点付近は、ただでさえ事故の危険度が高い。だからこそ、道路標識や標示が設置されているのであり、運転には通常以上の注意と慎重さが必要になる。
読者の皆さんには、そのことを改めて認識してほしい。ほんの小さな気の緩み、見通しの甘さ、自分勝手な行動が、大きな、そして取り返しのつかない悲惨な事故につながるのだから。 |
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| 公道を走行する以上、周囲に危険をもたらす運転は容認されないものである。当然ながら、罰せられるからではなく、それが車を運転する者の最低限の基本的なルールだからだ。読者の皆さんもこの“単純”なことを改めて認識し、安全運転に努めてほしい。 |
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※このケーススタディは編集部が作成したフィクションであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。
また、写真も本文とは無関係です。 |
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