このところ、Mさんは苛ついていた。というのも、2週間ほど前に禁煙を始めたのだが、その “禁断症状”に苦しんでいるのである。それまで、Mさんは一日に30本、多いときには50本近くを吸っており、ヘビースモーカーの分類に入る喫煙者であった。
これまでも何度か、軽い気持ちで禁煙を試みたMさんであったが、その度に挫折してしまっていた。だが、今回の禁煙は絶対に成功させなくてはならない。Mさんは不退転の覚悟で何度目かの禁煙にチャレンジしていた。
実は、Mさんには恋人がいる。意を決して彼女に結婚を申し込んだMさんだったが、その答えは条件付きであった。タバコを止めること。彼女は大のタバコ嫌いだったのである。Mさんの心は決まった。今度こそ、タバコを止める。こうして、Mさんの禁煙がスタートしたのである。
本気で禁煙してみると、それまで見えなかったことが見えてくるようになった。特にMさんは通勤や仕事で車を使うため、運転者の喫煙マナーの悪さがやけに目に付くのである。窓から灰を落とす、吸い殻のポイ捨てはもちろん、火のついたままのタバコを投げ捨てたり、灰皿の中の吸い殻をまとめて路上に捨てる不届き者もいた。自分がまだ吸いたい欲求があることもあり、そんな光景を見るたびに、Mさんはムカついてしょうがないのである。
その日、Mさんは仕事を終えると、自分の車に会社の同期であるAを乗せて帰路に就いた。Aの車が修理中だったため、たまたま自宅の方向が同じだったMさんが送っていくことになったのである。同期とはいえ、Aとはそれほど親しい間柄でもなかった。むしろ、Aの無神経で軽薄とも言える性格をMさんは生理的に受け付けず、仕事以外では付き合いたくないタイプであった。
「悪いな、頼むよ」
Aはいつもの軽い調子でMさんの車に乗り込んできた。左手にバッグ、右手には飲みかけの缶コーヒーを持っていた。車中ではAがあれこれと話しかけてきたが、その度にMさんは当たり障りのない、それでも気まずい雰囲気にならないよう気配りをしながら言葉を返した。Aを車から降ろすまで、後30分近くある。Mさんは気が重くなった。
車が国道に出ると、Aはおもむろにタバコを取り出し、迷わず火をつけた。人の車の中で勝手に吸うなよ、一言断ったらどうだ! Mさんは胸の中で舌打ちをした。窓を少し開けてはいたが、タバコの煙と匂いが車内に広がる。横目でAを見ると、Aは飲み干したコーヒーの缶を灰皿代わりにしている。禁煙中のMさんにとっては、不快感が募るばかりである。Mさんは自分の運転が少しずつ乱暴になっていくのをはっきりと自覚していた。
まずい! Mさんは思わず急ハンドルを切って車線を変更した。前の車がいきなりブレーキをかけたため、車間距離が狭まったからだった。Aに苛つく余り、運転への集中力が欠けていたのである。
うわっ、予期せぬ車の動きに驚いたAが小さな叫び声を上げた。その直後、あろうことか、吸いかけのタバコが運転席に飛んできたのである。そして、タバコはMさんのズボンの上に落ちた。ちょうど左足の太股あたりである。熱い! Mさんはとっさに左手でタバコを払いのけた。
……Mさんの車は中央分離帯に乗り上げて止まった。隣ではAが青ざめた顔で深呼吸をしている。足元ではタバコがまだくすぶり、フロアマットを焦がしていた。Mさんは思い切りタバコを踏みつけた……。 |
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今回の事故の形態は、紛れもなく自損事故である。従って、事故の処理は次のように行われる。
まず、Mさんの車の損害は、車両保険(任意)で賄うことができる。Mさんが車両保険に加入していなければ、車の修理費は “自腹”ということになる。中央分離帯に乗り上げたことで、周辺の財物に損害が発生すれば、その修理費はMさんが支払わなければならず、その際には対物賠償保険が利用できる。
また、今回の事故でMさん、あるいはAがケガをしていれば、その治療費は搭乗者傷害保険で賄うことができる。仮に他の車の損害を与えたり、他人にケガを負わせてしまえば、対物賠償保険、対人賠償保険をそれぞれ使うことができる。
このように、事故の処理そのものは単純なのだが、事故の原因をどう考えるかが今回のケースのポイントとなるだろう。
Mさんにすれば、事故の原因は同乗者のAにあると主張したいところであろう。Aが火のついたタバコを自分のズボンの上に落とさなければ、事故は起こらなかったと考えているはずだ。
一方、Aの立場で言えば、Mさんが急ハンドルを切らなければ、自分がタバコを落とすことはなかったと主張するだろう。
いずれにせよ、Aさんの責任をどう捉えるかは、保険とは別の次元の問題になる。つまり、当事者間で結論を出すしかないのである。結論が出ない場合は裁判に持ち込む手段もあるが、その結果がMさん(あるいはA)の望むものになるかどうかは、現時点では何とも言えない。
今回は運転中の喫煙に関するケースを取り上げてみた。本文中にも触れたが、残念ながら喫煙マナーの悪いドライバーは多いと言わざるを得ない。吸い殻を車外に投げ捨てたり、火のついたタバコを捨てるドライバーもしばしば見かける。
ここで言っておきたいのは、捨てたタバコの火が何かに燃え移ったとしたら、それは犯罪行為とみなされるということだ。実際、投げ捨てた火のついたタバコが後続車にぶつかり、車の一部を焦がしたことで、投げ捨てたドライバーが道交法(道路における禁止行為)違反で書類送検されたケースもある。状況によっては多額の損害賠償請求を受けることも考えられるし、自分の車に損害(シートの焦げ等)を及ぼすこともある(こうしたケースでは火災扱いとなって車両保険が使えるが)。
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| 運転マナーの基本は、周囲に迷惑をかけないことであり、運転中の喫煙も同じことが言える。快適なカーライフを送るためにも、マナーを守った運転、マナーを守った喫煙をぜひ心掛けてもらいたい。 |
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※このケーススタディは編集部が作成したフィクションであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。
また、写真も本文とは無関係です。 |
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